60年代後半に活躍した“じゅん&ネネ”のネネさんが経産省前テントで熱唱、との記事を田中龍作ジャーナルで知り、びっくりしました。以下、田中龍作ジャーナル様より。
【Occupy経産省】霞が関に響くネネさんの「平和と脱原発願う歌」

経産省の巨大ビルを背に美声を披露する早苗NENEさん。原子力村の幹部たちにもやさしく歌いかけるようだった。=15日、霞が関。写真:筆者撮影=
略
『じゅん&ネネ』のネネ(早苗NENE)さんが15日、経産省前で美声を披露した。脱原発や平和運動に取り組んでいるネネさんは、「女たちが十月十日座り込んでいるテントを一度のぞいてみたかった」。
「原発事故で皆が苦しんでいる。女が産むことの苦労に気付いている。世界中の女たちが気付いてくれれば、『十月十日』を10年、100年とつないで行くことができる」。
ネネさんは「サヨナラ戦争」「やすらぎの時代(とき)へ」の2曲を歌った。
「サヨナラ戦争」は、彼女が平和への願いを込めて憲法第9条の前文を挿入した、ファンには馴染みの曲だ。
「サヨナラ戦争」は、彼女が平和への願いを込めて憲法第9条の前文を挿入した、ファンには馴染みの曲だ。
♪日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し……♪
いつもは堅苦しく感じる憲法第9条の前文が、柔らかく、そして甘く切なく胸に響いてきた。半世紀以上、生きてきた筆者にしてこんな感触は初めてである。
脱原発はイデオロギーの押し付けではなく、身近な人への思いやりとやさしさから始まる。ネネさんの歌が教えてくれた。
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田中さんの活動を支援したい方は下記へ。

・・・・・以上・・・・・・
じゅん&ネネさん、昔、私もレコードを買ったことがありましたが、まさか、ネネさんがこんな活動をされてるとは知りませんでした。テレビで見る機会は殆どなくなってしまいましたが、本当に成長されたと思います。
以下、.12.14のネネさんのブログより。
明日は・・・経産省前テント村。
略
私が原発問題の事を知ったのは、1988年。翌年1989年にはちょうど八丈島の町長選があり、原発がまだ未完成でトイレのないマンションなんだと知ったのもその時です。
そのあと、ディープエコロジーを学べば学ぶほど、問題は自分の内側にある様な気がして、精神世界の方へ入って行きました。
今それらのプロセスを経て、原発に対する認識が始めの頃の嫌悪感から大きく変化してきているのを感じます。
原発を反対している方々はこの秋にダライラマ法王が来日した時に、インタビューで脱原発に対する質問に答えた法王が今一つ歯切れが悪かった事で、
「きっとチベットでも原発を作りたいのかも」なんて推測もでて、
一部の方はがっかりした。なんて意見も出ていましたが、
仏教や宗教的な見地から、神様の視点から見たら原発の存在をただ、悪だとは言い切れないと私もおもいます。
原発、その存在自体には人類の進化のプロセスの中で決して、いけないものではないのだと。
誤解を招くとつらいんですが、ウランやプルトニウムや核融合が悪い訳ではないと。
あくまでも扱う人間の問題なんだと思います。
たとえば、アメリカのネイティブのホピ族の様な精神性を持っている人々が原発を扱っていたら、全く違う側面の展開があったのではないかしら。
キューリー夫人だって、自分の実験室で新しい発見をしている時、無心で純粋な精神状態で自分の情熱を傾けていたと思います。
そんな中でインスピレーションが降りてきて新しいアイデアや発見が見つかる。
そんなサイエンティストたちの情熱の中で導きだされてきた核融合や核反応は純粋な中立状態であって、
それらの応用が人々を助けるためや人類の進化に貢献することであるならばその存在は畏怖されながらも誠意と愛情を持って研究されてもいいものだと思うのです。
私たち人類の心や思考が、まだ十分に成熟してないために、欲望やエゴで貶しめられてしまった核エネルギー。
もちろん私は今の原発にはNOです。
システムがイノチに根差していません。その上、トイレがないなんて、住めるはずがありません。
確か2007年の春に、
出雲から六ヶ所まで歩いたWORK9の仲間に合流して若狭湾の原発を見たときに感じた、
静かな悲しみを伴った怒り。
般若の顔の様な雰囲気を醸し出して海岸沿いに建っていた原発。
これらの印象が、なぜ自分の内側に湧いたのか、今わかるような気がします。
私達は原子力発電というものをうまく扱えませんでした。
ごめんねウラン。ごめんねプルトニウム。 嫌われ者のストロンチウム・・・君が悪いわけじゃないさ。
そんな気持ちを込めて明日は唄ってきます。
私が原発問題の事を知ったのは、1988年。翌年1989年にはちょうど八丈島の町長選があり、原発がまだ未完成でトイレのないマンションなんだと知ったのもその時です。
そのあと、ディープエコロジーを学べば学ぶほど、問題は自分の内側にある様な気がして、精神世界の方へ入って行きました。
今それらのプロセスを経て、原発に対する認識が始めの頃の嫌悪感から大きく変化してきているのを感じます。
原発を反対している方々はこの秋にダライラマ法王が来日した時に、インタビューで脱原発に対する質問に答えた法王が今一つ歯切れが悪かった事で、
「きっとチベットでも原発を作りたいのかも」なんて推測もでて、
一部の方はがっかりした。なんて意見も出ていましたが、
仏教や宗教的な見地から、神様の視点から見たら原発の存在をただ、悪だとは言い切れないと私もおもいます。
原発、その存在自体には人類の進化のプロセスの中で決して、いけないものではないのだと。
誤解を招くとつらいんですが、ウランやプルトニウムや核融合が悪い訳ではないと。
あくまでも扱う人間の問題なんだと思います。
たとえば、アメリカのネイティブのホピ族の様な精神性を持っている人々が原発を扱っていたら、全く違う側面の展開があったのではないかしら。
キューリー夫人だって、自分の実験室で新しい発見をしている時、無心で純粋な精神状態で自分の情熱を傾けていたと思います。
そんな中でインスピレーションが降りてきて新しいアイデアや発見が見つかる。
そんなサイエンティストたちの情熱の中で導きだされてきた核融合や核反応は純粋な中立状態であって、
それらの応用が人々を助けるためや人類の進化に貢献することであるならばその存在は畏怖されながらも誠意と愛情を持って研究されてもいいものだと思うのです。
私たち人類の心や思考が、まだ十分に成熟してないために、欲望やエゴで貶しめられてしまった核エネルギー。
もちろん私は今の原発にはNOです。
システムがイノチに根差していません。その上、トイレがないなんて、住めるはずがありません。
確か2007年の春に、
出雲から六ヶ所まで歩いたWORK9の仲間に合流して若狭湾の原発を見たときに感じた、
静かな悲しみを伴った怒り。
般若の顔の様な雰囲気を醸し出して海岸沿いに建っていた原発。
これらの印象が、なぜ自分の内側に湧いたのか、今わかるような気がします。
私達は原子力発電というものをうまく扱えませんでした。
ごめんねウラン。ごめんねプルトニウム。 嫌われ者のストロンチウム・・・君が悪いわけじゃないさ。
そんな気持ちを込めて明日は唄ってきます。
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・・・以上・・・