さすが、コシノジュンコだ。ファッションの世界を通して、だんじりの上で命がけで跳ぶ人のように、自分の命を他者に届かせたいという熱い思いが伝わってくる。
以下、朝日新聞デジタル様より。
コシノさん「こういう時こそ文化」 日中韓3人がショー
【北京=坂尻信義】日中韓の著名なデザイナー3人の競演による「東アジア・ファッションショー」が31日、北京であった。日本から参加したコシノジュンコさんは「文化は、こういう時にこそ生きてくる」と、一時は開催が危ぶまれたショーが実現した意義を強調した。
ショーは中国文化省などが主催。コシノさんは、日本の歴史と伝統をテーマに衣装約20点を披露した。フィナーレでは中国の張志峰さん、韓国の張光孝さんと一緒に舞台に立ち、観客の拍手にこたえた。
会場となった北京飯店の宴会場は、コシノさんが1985年、当時の中国では最大規模のショーを開催した思い出の場所。「当時の中国には、ファッションという言葉も、モデルという職業もなかった」と振り返る。日中、日韓関係が険悪化している時期の競演に「政治と文化は、ぜんぜん違う質のもの。それに惑わされてウロウロしていると、みんな共倒れになってしまう」「(実現できて)感無量です。偶然にもこの時期にやることになったのは、私の使命があるのかなと思います」と語った。
また、中国人デザイナーの張さんは「こういう交流を続けていくことが大切です」と話した。
北京で31日、日本・中国・韓国のデザイナーによるファッションショーが開かれました。竹島や尖閣諸島をめぐる緊張の中での開催に、日本から参加したコシノジュンコさんは「私の使命」と話しました。
花魁(おいらん)風の衣装でステージに登場したモデル。日本のデザイナー、コシノジュンコさんの作品です。北京で31日、日本・中国・韓国、3か国のデザイナーによるファッションショーが開かれました。
竹島の問題で日韓関係が、尖閣諸島の問題で日中関係が冷え込む中、ショーの日程がなかなか決まらず、一時は開催が危ぶまれたといいます。
「周りがキャンセル、と聞くと、参加すると悪いことをしている気がするんですけど、そういうことを言っていると前に一歩も進めませんので、みんなのために前に進みたいと思っています」(ファッションデザイナー・コシノジュンコさん)
ショーには中国人の観客およそ400人がつめかけ、日本の伝統を強調したコシノさんの作品に拍手を送りました。
「政治は政治。(尖閣の問題は)それほど考えてない」(中国人の観客)
ショーの主催は中国文化省。今の日中関係が影響したのか、当初は日本を含む外国メディアは招待されていませんでした。結局、デザイナーが招待する形で取材が認められました。
80年代から中国でショーを開き、ファッション業界に影響を与えてきたコシノさんはショーの終了後、こう話しました。
「すごい感無量です。この時期にやるとなったのは私の使命かな、と思っている」(ファッションデザイナー・コシノジュンコさん)
(31日17:40)
花魁(おいらん)風の衣装でステージに登場したモデル。日本のデザイナー、コシノジュンコさんの作品です。北京で31日、日本・中国・韓国、3か国のデザイナーによるファッションショーが開かれました。
竹島の問題で日韓関係が、尖閣諸島の問題で日中関係が冷え込む中、ショーの日程がなかなか決まらず、一時は開催が危ぶまれたといいます。
「周りがキャンセル、と聞くと、参加すると悪いことをしている気がするんですけど、そういうことを言っていると前に一歩も進めませんので、みんなのために前に進みたいと思っています」(ファッションデザイナー・コシノジュンコさん)
ショーには中国人の観客およそ400人がつめかけ、日本の伝統を強調したコシノさんの作品に拍手を送りました。
「政治は政治。(尖閣の問題は)それほど考えてない」(中国人の観客)
ショーの主催は中国文化省。今の日中関係が影響したのか、当初は日本を含む外国メディアは招待されていませんでした。結局、デザイナーが招待する形で取材が認められました。
80年代から中国でショーを開き、ファッション業界に影響を与えてきたコシノさんはショーの終了後、こう話しました。
「すごい感無量です。この時期にやるとなったのは私の使命かな、と思っている」(ファッションデザイナー・コシノジュンコさん)
(31日17:40)